全国で実施率が20%に満たないといわれる市区町村のテレワーク(※)。そんななか浜松市では、柔軟な働き方の獲得に向けて、以前よりテレワークを試験的に導入してきました。
国内ではじめて緊急事態宣言が発令された2020年4月にも、テレワーク環境の整備にすばやく対応。さまざまなオンライン施策を進めてきました。
浜松市がテレワークの実施に踏み切れた背景には、デジタル化により都市づくりや市民サービスの拡充を目指す、デジタル・スマートシティ推進事業本部(以下、当本部)での取り組みがあるといいます。
同本部の専門監である瀧本陽一さんより浜松市におけるテレワークの取り組みについて、また、観光・シティプロモーション課の鈴木温子さんよりテレワークを実施した感想をお聞きしました。
(※)政令指定都市を除く。総務省「地方公務員におけるダイバーシティ・働き方改革推進に関する実態調査」(令和 2 年)より
市役所業務のデジタル化を推進、新しく柔軟な働き方としてテレワークも重点施策に
情報セキュリティの観点や窓口業務があることなどから、むずかしそうに思える自治体のテレワーク。浜松市ではなぜ早期に導入できたのでしょうか?
「背景には、2020年4月に新設された『デジタル・スマートシティ推進事業本部』の存在があります。2019年10月に行った『デジタルファースト宣言』に合わせ、全庁的なデジタル化の取組の司令塔となる部局を作ろう、と立ち上がったのが当本部です。デジタルツールの活用に取り組み全庁的に活用できるモデルケースを作り、横展開する役割を担ってきました」
と、瀧本さん。
具体的には、持ち出し可能な業務パソコンへの切り替えや、クラウドツールの活用などを進めてきたそう。テレワークの実施も主要項目に置き、同本部から実施をはじめていました。
そんな中、2020年4月に最初の緊急事態宣言が発令されます。浜松市でも感染予防対策が余儀なくされました。
「出庁比率50%が目標に掲げられ、土日出勤や時差出勤により庁舎の在席人数を減らす対策が取られました。あわせて、全庁的にオンライン会議が実施できるよう環境整備を急ぎました。主要な会議室に大型モニターとタブレットを設置するなど、まずは物理的な部分を整備したのです」
テレビ会議を開催する際のセキュリティやテレワークの運用ルールといったソフトの面も整えてていったそうです。しかしながら、テレワークの実施率は思うように上がりません。大きなハードルとなっていたのが、ネットワークでした。
「実は行政のネットワークは、セキュリティの要件に応じて3層分離されています。一番セキュアな階層が、マイナンバーなどの『個人情報利用事務系』。次に行政上重要な業務を行うのに適した『LGWAN(エルジーワン)接続系』、そしてサイト閲覧などに使う一般的な『インターネット接続系』です」
「本来、扱う情報の機密性に合わせてネットワークも使い分けていいのですが、庁内メールやスケジューラ(カレンダー)といったタスク系も含め、すべてのシステムが『個人情報利用事務系』に置かれていました。
『個人情報利用事務系』の階層には、市庁舎の外からアクセスできません。そのため業務がかなり限定されており、テレワークが思うように普及できなかったのです」
と瀧本さんは当時の状況を教えてくださいました。
2022年10月にネットワークの更新を予定している浜松市。そのときに向けて、LGWAN接続系に移行するシステム(業務)を選定しているそうです。この移行でより多くの部局・職員がテレワークをしやすくなると見込まれます。
テレワークによりライフワークバランスが向上、クラウドツールを独自に調達・運用を工夫する部局も
観光・シティプロモーション課で観光促進の仕事をしている鈴木さんは、コロナ禍をきっかけにテレワークを実施したお1人です。テレワークの実施状況をお聞きしました。
「テレワークを行う頻度は週に1日程度で、資料作成や企画系の仕事を中心にしています。テレワークの日程はあらかじめシフトに組み込んで上司に申請します。
業務系システムのネットワーク移行が進むと自宅でできる仕事が増えるので、テレワークの頻度も高まるかもしれませんね」
続けて、実際にテレワークで働いた感想を教えてくれました。
「もっとも効果を感じたのは、プライベートの充実です。片道40分ほどかかっていた通勤時間がなくなることで、朝食や身支度など、朝の時間を丁寧に過ごせるようになりました。また、趣味の読書や筋トレにも使える時間が増えました」
また、クラウドツールの活用が進んだことによる効果も体感したとのこと。
「チャットツールを使うようになってから、部局内のコミュニケーションがより円滑になったと感じます。連絡を取りたい人と直接繋がれるので、トピックの検討スピードが上がりました。
オンライン上で資料を共同編集できるようになった(※下記、動画参照)ことでも、仕事の効率が上がりました。たとえば共同してプロジェクトを進めるときに、同一シートを関係者みなさんに一斉編集してもらい、一つの資料を作り上げています」
テレワーク環境が整っていくのと同時に、生産性も高まっていくのを実感した様子の鈴木さん。在宅勤務には慣れた様子ですが、テレワークを実施した当初に不安はなかったでしょうか?
「テレワークでの働きぶりをどう評価してもらえるだろう、と不安に思うことはありましたけれど、私の心配しすぎでした。もともと信頼関係が厚い部署なので、みなさんが理解を示してくれたからです。
たとえばチャットを送ると、みなさんスタンプやコメントをすぐに返してくれるんです。勤怠も始業・終業の時にチャットを送るだけなので、気軽にテレワーク勤務ができます。チーム内に信頼関係があることは、テレワークに欠かせない要素かもしれません」
テレワークを取り入れてから2022年4月で2年になろうとする中、全庁的にも嬉しい変化が起きているそうです。瀧本さんは次のように教えてくださいました。
「2021年度でとくに顕著に感じられたのは、各部局ごとに工夫が見られたことでした。クラウドツールやデバイスを応用して、独自に業務効率化を図っている部署が見られるようになったのです。
たとえば土木分野では、点検した橋の写真をタブレットから読み取って、日報を自動作成してくれるツールを導入したそうです。日報を作成する手間が省け、現場からの直帰も可能になったと聞いています。
各部局で独自に発展を遂げている様子を見聞きすると、デジタル化の推進という当本部の役割を果たせたようでとても嬉しいです」
街も個人の人生もより豊かな方向へシフトしていきたい
テレワークという新しい働き方を通じて、職員みなさんも組織全体でもさまざまな効果を得はじめている浜松市。今後の展望について鈴木さんは、次のように語ります。
「すこし大げさな言い方かもしれませんが、テレワークは自分の人生を見直すきっかけにもなるのではないでしょうか?通勤時間の削減によって時間の余裕が生まれると、自分が心からやりたかったことや好きなことに意識が向くからです。
私の場合は筋トレでしたし、大好きな小説を読む時間も増えました。勉強したいことが見つかる人もいるかもしれません。市庁舎でもテレワークが普及していくことで、みんなで新しい働き方・暮らし方に心地よくシフトしていけるといいな、と思います」
瀧本さんは、「個人的な想いでもいいですか?」と少し照れた様子でビジョンを話してくれました。
「自分自身を含めて市役所で働いているみなさんが、この街と市の仕事を、希望を持って次の世代にバトンタッチできたらいいな、と思っています。そのためには何より、パンデミックや災害が起きたときでも業務継続できる体制をつくること。そして、働き方も時代にあった形にアップデートすることで、職員のみなさんが安心して働け、浜松市から価値ある取り組みが多く生まれるようになると考えています。
市内はもちろん、『故郷のためになりたい』と遠方にいながら浜松市の仕事を手伝ってくれる人もたくさんいてくださいます。そのように想いをもった人たちが場所に関わらずともに仕事を進めるには、テレワークのような柔軟な働き方やデジタル化が必要です。
すべての人の幸福を考える行政の性格から、失敗を恐れてチャレンジできない組織も多いと思います。ただ、デジタルでできることが増えている中で足踏みしていては、市民生活を向上させるチャンスも逃してしまいかねません。私たちもこの街の未来像をきちんと策定して、今やるべきことを1つひとつ積み重ねていきたいと思います」