杉浦:さて、前回まで基礎的な設計から勤務時間の管理についてディスカッションしてきました。
今回でモデル就業規則とテレワーク就業規程雛形についてのディスカッションは最後となります。今回も以下2つの資料に基づいて会話を進めていきたいと思います。
資料1:厚生労働省:「テレワークモデル就業規則」
資料2:水谷社労士作成「テレワーク勤務規程雛形」(PDF版)(WORD版)
杉浦:それではよろしくお願いします。今回はどういったことがテーマとなりますでしょうか?
水谷社労士:今回は最後となりますが、重要な視点となる、テレワーク時の環境整備についての負担、セキュリティ等がテーマとなります。
水谷社労士:まず第12条は連絡体制です。こういうことが起きたらここに連絡をしてくださいということの定義ですね。
杉浦:これも大事ですね!何かトラブルが起きたときにどうやってその従業員を守るかとういうことですね。テレワークに限らず、災害時等含めた緊急時の連絡体制ですね。
水谷社労士:そうですね。2項は、配布物について触れています。テレワークは完全テレワークと部分テレワークがあるので週5日勤務の会社で、5日テレワーク勤務の人と2日は出社して3日はテレワーク勤務の人というような内容になっています。
杉浦:そうか、テレワーク勤務の人はテレワーク勤務だけという考え方ではなくて、あくまで必要に応じて許可されているということですね。このように、業務指示で会社に出社してもらうことはテレワーク勤務規程内で記載する必要があるのでしょうか?
水谷社労士:雇用契約書には記載する必要があると思うのですが、個人によって出社が週1回、2回など違う場合を想定すると、規程で定義すると汎用性がなくなってしまいますよね。なので、「決められた日数は出社すること」という形で定義する感じですね。
杉浦:完全テレワークよりも、部分テレワークのほうが段階的には採用しやすいと思っています。郵便物の問題もありますが、前回話に出たコミュニケーションのこともあると感じました。会社次第だとは思うのですが、テレワークを完全に従業員の権利にするよりも、テレワークを許可した上で、業務指示で会社に出社してもらうこともあるという形が現実的な気がます。
杉浦:例えば、テレワークを推進するのでオフィスの席や、駐車場の数が全従業員数より少ない場合に業務指示で会社にきてもらう曜日をそれぞれ指定したりすることはできるのでしょうか?
水谷社労士:そのあたりは規程ではなく運用マニュアルになりますね。
嘉野内社労士:そうですね、基本的には就業規則自体が法律的な面があるので、運用面に関しては別途運用マニュアルなどで定めたほうがよいと思います。
杉浦:なるほど。トラブルにつながる種を最大限想像して、どのようにそれを防ぐかという点も、テレワーク導入時に大事な視点だと思うのですが、例えばテレワークは許可制というところが、いつの間にか当たり前の権利と化してしまい、「出社の要請は不当である」というような主張がでるといったトラブルも将来的にはあり得るのかなと思います。
水谷社労士:そうですね。これは私が就業規則を作成する際の考え方なのですが、対人関係は基本的に性善説でいくべきですが、就業規則の作成に関しては性悪説で考える方がよいと思っています。私は経験上そういった姿勢を前提にしています。やはり就業規則に記載をしておかないと何かあったときに対処ができないので就業規則の作成は性悪説で考えたほうが現実的かと思います。
杉浦:私も同意見です。本来、就業規則はこうだったよねと、就業規則はいつでも立ち戻ることができるアンカーみたいな役割だと考えています。性悪説というよりは性弱説といった方がよいのかもしれませんが、基本的には人はゆらぐ、弱くなってしまう時がある、とう前提で就業規則というシステムを設計しておけば、あとは性善説に基づいて大いに信頼関係の中で自律的に動いてもらうのがスピーディに物事を進められる組織ではないかと思いました。お話を伺って、テレワークを許可した上で、出社指示もあり得るという事を、わざわざ規程に入れておくことも必要だと思いました。これは労働法上も問題がないのでしょうか?
水谷社労士:はい、問題ないです。
水谷社労士:それでは5章(モデル就業規則P20~21参照)に入っていきましょう。このあたりが給与に関する規程になります。第13条で「就業規則の定めによる」となっていますが、ここは一般的には給与規程の定めとしているところが多いようです。2項では、在宅勤務特有の手当や計算方法の記載があります。ここでは週4日以上の通勤手当に関して特別な規程になっていて、これは東京など電車通勤を伴う場合が前提になっています。浜松は基本的に車通勤だと思います。
水谷社労士:そして第14条は、費用負担についての規程です。(モデル就業規則P20~23参照)
杉浦:テレワークを行う時の環境整備について、どこまで会社が準備をするかについての規程ですね。
水谷社労士:そうです。通信費や情報通信機器などの費用について、家庭での支出になるものと会社が負担するものを割り振っておく必要があります。これはセキュリティの問題にもつながっていくと思います。
杉浦:ここでは費用の問題とセキュリティの問題の2つを議論する必要がありますね。セキュリティ規程は別途作成するのでしょうか?
水谷社労士:はい。行政からセキュリティガイドラインというのがでています。それを参照した上で、会社で守るべきことがあれば肉付けをする形になると思います。
杉浦:セキュリティ規程を就業規則に入れ込むということもできるのですか?
水谷社労士:できます。システム構成図などを使うとより分かりやすくなりますね。このあたりも規程に入れるのか、マニュアル等にするのか、会社ごとに考えていけば良いと思います。
杉浦:続いて環境整備費用についてですが、テレワークを導入する際の環境整備について、そもそも会社が行わなければならない「義務」はあるのでしょうか?
水谷社労士:ないです。
嘉野内社労士:僕もないと思います。例えば、作業着やスーツと同じような話ですね。これらも会社で支給したり手当としたりしているところもありますが、義務という事ではないです。
杉浦:そういうことですね。義務ではないけども、それぞれの会社としてどこまで整えてテレワークできる環境を作ってあげるかということですね。ここも重要な視点だと思いました。会社としてどこまで整備するのかというのも、会社の哲学を色濃く反映するところになると思いました。
杉浦:弊社においては、独立自尊、自律というテーマは元々持っている働き方の重要なテーマです。テレワークに限らず、働く環境は自ら整備するほうがシンプルだと思っています。したがって、テレワークの環境を自分で整えられるメンバーにテレワークを許可するという考え方になると思います。このあたりはやはり考え方が色濃くでる部分だと思いますので私も自社のテレワークを検討する際にはじっくり考えてみようと思います。
嘉野内社労士:そうですね。ただ、次の3項にあるような郵送費や事務用品費は会社の経費として会社が負担すべきだと思いますね。
杉浦:そうですね。実費を会社が負担するのは当然ですね。実費以外で、家のインターネット代をどこまで出すのか、携帯は付与するのか、義務はないけれど整理は大事ですね。それぞれ効率化するための工夫とも言えるかもしれません。
杉浦:きっと、これからは「テレワークを行うことができる環境はありますか?」という質問が採用時にも入ってくる気がしています。雇われる側もそういった環境を作ることが求職活動を行う際の戦略になっていくだろうと思います。一方、会社側もどう働きやすい環境を整えることができるのか、それをアピールしていく時代になっていると思います。働く環境によって人材の採用可否が確実に変わってくると思います。そういったことからも、この規程に関しては大事だなと思いました。
水谷社労士:そうですね、第15条、第16条と続くパソコンやスマホの貸与に関しても同様で、曖昧にせずはっきり記載するのが良いですね。
杉浦:これは労働契約書に入れても良いと思いました。
杉浦:第18条の教育訓練ですが、最近は会社によっては事業所で働きながら一定時間の勉強ができるケースもあると思います。そういった福利厚生的な勉強時間については、テレワークの時はどうなるんでしょう?
水谷社労士:そこはテレワークに関係なく会社としての研修など、命令として強制される場合は当然に労働時間ですね。
杉浦:社業に必要な知識を業務命令で学ぶ場合は当然労働時間だと思いますが自己研鑽の自主的な学びをどこまで労働時間として考えるかは改めて設計が必要と思いました。
杉浦:あと、次の第19条の安全衛生についてですが、これも大事だと思いました。労災の話と関係しますよね。例えば、テレワーク中に家の中で転んだらどうなるのでしょうか?
嘉野内社労士:テレワーク中であれば労災が適用されますね。
杉浦:管理監督者は事業主になるので、例えば自宅で棚などが倒れてケガをして労災で訴えられるなんてことはないのでしょうか?
水谷社労士:2項でも会社と協力して防止に努めなくてはならないという書き方になっていますね。
杉浦:なるほど、その辺が許可制と絡むということかもしれないですね。例えば、許可をする際に「事故が起こらないように自宅の安全を確認しました」とか「使用する部屋は安全が確保されています」というようなチェック項目を作る等の工夫が必要かもしれませんね。
嘉野内社労士:現実的に考えてみると、パソコンを長時間見ていることによる視力の低下や、体のしびれの問題なども考えられます。
杉浦:それはオフィスにいても同じですね。個人的な意見となりますが、やはり会社がすべてを管理することは難しいので、働きやすい環境を時代に合わせて改善し続ける会社側の努力と、自律的に自己管理しながら成果を出し続ける従業員側の努力の両輪が必要だと思いました。このあたりは、現実的にはテレワークが進むにつれて具体的な訴訟事例がおきて、だんだんと判例が出てくるのかもしれませんね。第1回目のディスカッションでも少し出ましたが、判例研究を随時行って、追加する服務規律等を提案していくことも社会保険労務士の皆さんの役割になっていきますね。ぜひ弊社のことも含めて宜しくお願いします。(笑)
杉浦:これでモデル就業規則等についてのポイント解説とディスカッションは終わりです。これまで「就業規則」についてこんなに考える機会はなかったかもしれません。こうやって一つ一つ見ていくと、会社の根幹的な設計に繋がっておもしろいですね!ありがとうございました。
水谷社労士、嘉野内社労士:ありがとうございました。
【対談者プロフィール】
社会保険労務士 水谷拓郎氏
水谷マネジメントオフィス1981年生まれ。大学卒業後、システムエンジニアとして大手製造メーカーのシステム開発に10年間従事。 その後、社会保険労務士として独立・開業。企業の労務顧問業務のほか経営IT化支援にも力を入れている。 趣味はお酒、邦ロック、NBAなど。
社会保険労務士 嘉野内雅文氏
嘉野内社会保険労務士事務所1968年生まれ、金融業5年、人材派遣業に10年従事。その後キャリアカウンセラーを経験し社会保険労務士として独立開業。 楽しく働く職場づくりを支援する事を目的として活動している。 静岡県人づくり事業を静岡県から受託し、正社員への登用を増やす等、積極的な活動を行っている。
杉浦 直樹 氏
株式会社We will 代表1975年生まれ浜松市南区出身。大学卒業後日本オラクルにて会計ERPパッケージの13社同時展開プロジェクト等、多くのプロジェクトに携わる。同社退社後、米国ベンチャー企業を経て市内税理士事務所へ入所。その後、仲間とともに税理士法人We will、株式会社We willを設立。オープンイノベーション施設であるThe Garage for startups を主催。